【第3号】Shinfabジャンボリー、東海での就活、母との価値観の違い

尾関です。週の初めに東京に行き、金曜日は休みだったので、何かした実感の薄い1週間を過ごしました。忙しくはないけど、やることが常にある状況が続いています。では、早速まいりましょう。

1.今週の自転車日記

先週金曜日、勤労感謝の日にShinfabジャンボリーを主催してきた。服部製作所から、犬山をライドした。自身が良く走るルートを重点的にまとめた。いつも、一人で走る道を複数人と走るのは、意外と新鮮だ。当初止まる予定だった桃太郎神社横キャンプ場まで行って昼飯。

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▲服部製作所製ポトフ

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▲四季桜

コーヒーをシバいて、OPEN House。

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▲OPEN Houseの様子。

終わったら、庭でBBQ。

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▲酒が入って、語る。

新しいことも特別なこともしてないけど、イベントを通して、自転車に乗ってだらだら過ごすというのは、何とも言えない価値がある。個人的には、自転車乗りと自転車以外の話をすることが好きだ。(自転車は生活を楽しくするツールなのだろう。)ただ、これのおかげで、先輩方の昔話から、為になりそうな要素を抽出する能力は磨かれた。

自転車乗りと関係が少し離れているイメージのビルダーの間で、オープンなコミュニティ-やイベントがあることが大事なのかもしてない。年に3~4回開催してくようなので、都合着いたときに参加して下さい。

 

2.就活を通して思ったこと②

週の初めに1dayインターンのため、東京に行ってきた。その業界の仕組みを一日かけて教えてくれて、非常に有意義だった。自分の班には、東京と関西から参加するのは納得がいくが、九州からの参加者が二人いた。交通費を出してくれたので、九州からはるばる参加するのも分かるが、この条件を加味しても、東海からの参加者がいてもいいはずだ。別企業の大阪で開催されたインターンでも、九州からの参加者はいるにも関わらず、東海からはいないのだ。このことから、就活戦線の上で、東海というのはガラパゴス化していると感じた。

このガラパゴス化した原因は、①関西と関東に挟まれた立地と②優良メーカーの多さの二点に集約されると思う。

東海では、他の地域の企業の説明会が少ない。一般的に、開催される地域として、北海道・東京・関西・九州・(東北)が挙げられる。東海は飛ばされてしまうのだ。しかし、これも企業側からしたら、関西にも関東に比較的来やすく、かつ二つに比べて大学数の少ない東海で開催するメリットは劣るだろう。よって、説明会の少なく、企業の情報を生で仕入れる機会が減っている。

また、他の地域の企業の説明会が少ない中、東海に本社を構えた優良メーカーは頻繁に説明会を開催してくれる。これより、先代の就活生たちも、メーカーについての説明を聞く機会が多かったはずだ。そのため、地元優良企業を志望する、つまり、メーカー・地元志向になるのではなかろうか。東海で過ごして、不憫がないのも相まっている。さらに、就活生も直接的影響を受けるのは、先輩の就活生の方々で、その方たちもメーカー・地元志向であれば、連鎖的にこれが続く状況になっている。

これは良いとか悪いとかいう議論では無いのだけれど、メーカー以外を志望するには、東海という地域はやや不利である。デジタル社会において情報はいつでも手に入れられるので言い訳がましいが、直接人から聞いた情報の影響が大きいのも事実だ。ただ、僕はどの企業を志望しようと、自分らしくあるだけなのだが。

 

3.母との価値観の違い

母とは、かなり価値観が異なる。もちろん、20年以上育ててもらったのだが、モノを整理することに関して僕は散らかっているのが許せないが、母ははおおざっぱだ。他にも色々あるが、何かをやる時に、僕はやってみて分からなければ調べるのに対し、母はすぐ教えてもらおうとすることを考察したい。

この原因は時代背景にあると思う。僕はちょうどスマホガラケーを体験したほぼ最後の世代なのだけど、説明書を読まずに育ってきた。例えば、TwitterやLINEを始める前、やり方なんて調べたことがない。これらは説明がなくとも使えるように設計されてもいる。さらに、分からないことがあるにしても、すぐ検索出来てしまうので、まず人に聞くということをしてこなかった。それに対し、母親の世代は、検索エンジンも発展しておらず、複雑な説明書ありきのデバイスありきの生活を送ってきたのだと思う。複雑さゆえに、人から伝承する文化で育ってきたのだ。完全にジェネレーションギャップに近いモノなのだが、母は多様的な考えを認めず、自分の考えこそ普遍的だと主張して、絶対折れないので、こういう時はうまく対処するのが、息子の役割だと思いながら、時折の小競り合いをやり過ごしている。